鳥取県
因久山焼(いんきゅうざんやき)
江戸時代、鳥取藩御用窯として創始。
地元でとれる鉄分の多い土と様々な釉薬を用いた焼物。
特徴的な藁灰釉(わらばいゆう)は、藁・木灰に長石などを混ぜ作られる釉薬で、白濁する性質をもち、登り窯の焼成によって深みのある乳白色になる。使い込む程に味わい深い色へと変わる。
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黒見焼(くろみやき)
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福光焼(ふくみつやき)
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大山焼(だいせんやき)
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牛ノ戸焼(うしのとやき)
歴史は江戸時代末期、主に日用雑器などを製作。
緑と黒のコントラストが特徴。
浦富焼(うらどめやき)
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上神焼(かづわやき)
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法勝寺焼(ほっしょうじやき)
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国造焼(こくぞうやき)
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鳥取県公式ホームページ 「とりネット」では、県産品の販路拡大のため、商談会・販路拡大に必要なセミナー・伝統工芸品の後継者育成等を支援する取組みが行われている。
詳しくは下記リンクへ。下記リンク内には鳥取の工芸品、手仕事についてまとめたサイト「とっとりの工芸品」「とっとりの手仕事」のリンクも掲載。
島根県
※下記「島根の物産」リンク「トップ>伝統工芸>陶器」のページに窯元情報有。
石見焼(いわみやき)
石見地方では良質な粘土が豊富に採れ、江戸中期頃から本格的に生産が始まっとされている。
伝統技法の「*しの作り」による「はんどう」と呼ばれる大型の水かめの産地として有名。
平成6年、国の伝統的工芸品に指定。
※しの作り…ひも状の太い粘土をロクロの上で円を描くように積み上げ、平らにならしていく。粘土を積上げ半乾きにさせまた積上げることを何度かくり返し目標の大きさまで作り上げていく。
【窯元情報】
雪舟窯 尾上窯 吉田製陶所 延里窯
石州嶋田窯 石州宮内窯 元重製陶所
布志名焼(ふじなやき)
江戸時代中期頃、船木与次兵衛村政(ふなきよじべいむらまさ)により出雲の布志名で開窯したとされる。
江戸時代後期頃、11の窯が藩の御用窯として栄え、明治後期頃には黄釉を使った製品が全国的に流通し、海外へも輸出されていた。
現在、4つの窯がそれぞれの特徴をいかし生産している。
【窯元情報】
船木窯 雲善窯 湯町窯 雲寅窯
出西焼(しゅつさいやき)
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運営元:出雲観光協会公式ホームページ
袖師焼(そでしやき)
明治10年(1877)初代 尾野友市が松江市上乃木で開窯。
地元の土と釉薬を用い、時代にあわせた製品作りがされている。
昭和59年(1984)10月、島根県ふるさと伝統工芸品指定。
母里焼(もりやき)
江戸後期(1844)松江藩の支藩である母里藩御用窯として開窯。
明治時代に築いた登り窯を使い、酒器・湯のみなどの製品を製造。
島根県ふるさと伝統工芸品指定。
楽山焼(らくざんやき)
江戸初期(1677)松江藩御用窯として開窯。
一時生産が途絶えるも、享和元年(1801)7代松江藩主 松平不昧公が名工・長岡住右衛門に命じ再興。
松江藩主が代々茶を愛していたことから、茶器製作に優れている。島根県ふるさと伝統工芸品。
錦山焼(きんざんやき)
江戸末期(1854)松平藩の御用商人 油屋宗右衛門により創業。
多彩な釉薬による色調・独特な成型に特徴がある。
八幡焼(はちまんやき)
江戸中期(1723)富田八幡宮の神官 竹矢豊前、藩士 熊谷由武によって開窯。
【窯元情報】
八幡焼窯元
萬祥山焼(ばんしょうざんやき)
明治初期、地元の粘土を使用して日野家八代源左衛門により開窯。
開窯当時は「来原焼」と呼ばれていが、後に大津の森広操軒の命名により「萬祥山」と名が改名。
伊羅保釉・青銅釉が特徴。
【窯元情報】
萬祥山窯
御代焼(みじろやき)
江戸時代、加茂町の三代の里は、良質な土を産出するため「お止め土」と呼ばれ松江藩の御用土となっていた。楽山焼・布志名焼の陶土としても利用されていた。
その後、萩の陶工 唐津屋五助により御代焼が開窯。「不昧化粧」と呼ばれる化粧掛の茶碗が主流。
温泉津焼(ゆのつやき)
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江津焼
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島根県の工芸や物産を紹介するサイト
島根の物産の紹介・伝統工芸・ショッピングガイドなどの情報が満載。
岡山県
備前焼(びぜんやき)
およそ千年の歴史をもち、日本六古窯の一つに数えられている。
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虫明焼(むしあけやき)
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酒津焼(さかづやき)
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羽島焼(はしまやき)
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運営元:くらしき地域資源ミュージアム
広島県
宮島焼(みやじまやき)
江戸時代から焼かれ始めたとされる。
嚴島神社本殿下の砂を用いたことから「お砂焼」という名で知られる。
粘土に砂を混ぜることで*窯変が起こりやすくなり、独特な風合いの模様が生まれる。
※窯変(ようへん)…窯の中で起こる特異な焼成変化。陶磁器を焼く際に、炎の性質・釉(うわぐすり)の含有物質等の要因で予期しない珍しい釉色・素地色になること。
姫谷焼(ひめたにやき)
江戸時代初期、現在の広島県福山市加茂町でごく短期間(数十年)に焼かれていた磁器。
日本の初期の色絵磁器とされ極めて貴重。残る作品も少なく、いつ開窯され閉じられたのか・製作者や由来など詳しくわかっておらず、幻の焼物と称される。
小皿、中皿が多く染付と赤絵に優れた作風。
山口県
萩焼(はぎやき)
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山口県・萩市の萩焼総合施設「萩焼会館」公式サイト。
堀越焼(ほりこしやき)
関連リンク
WEBおいでませ山口ブランド館 内の、
山口県/観光振興課/堀越焼 参考。
運営元:山口県公式ウェブサイト へ
末田焼(すえだやき)
関連リンク
WEBおいでませ山口ブランド館 内の、
山口県/観光振興課/末田焼 参考。
運営元:山口県公式ウェブサイト へ
小月焼(おつきやき)
江戸時代末期、小月町辻堂(現 下関市小月)で、清末藩の御用窯として開窯した焼物。
星里焼(せいりやき)
江戸時代末期、小月焼とともに清末藩の御用窯として開窯した焼物。
戸田焼(へたやき)
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西浦焼(にしうらやき)
江戸時代末期、萩焼の陶工 吉田土作が防府市南部の西浦地区に開窯した焼物。
釉下彩(ゆうかさい)という技法は、釉薬の下に絵付けをし、表面がこすれたとしても絵が剥がれることがない。
昭和7年(1932)後、生産は途絶え廃窯。
鶏血焼(けいけつやき)
西浦焼の廃窯後、復興のためにつくられた焼物。
吉向焼(きっこうやき)
岩国藩主の贈り物を焼くため、大阪から吉向治兵衛を招き開窯した焼物。
岩国山焼(いわくにやき)
岩国藩の御用窯として元禄(1700年頃)に開窯。
皿や壺、茶道具など洗練された品格がある。
佐野焼(さのやき)
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山口焼/万代焼
(やまぐちやき/まんだいやき)
明治23年(1890)山口県の商人 万代彦七が萩の東光寺窯の陶工 大和作太郎を招き開窯。
大正12年(1923)大殿大路裏に新しく窯を作ったが、大正末期に廃窯。
宮野焼
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